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「借金時計」が生まれ変わりました

 2000年春より「借金時計」は大きく変わりました。  一番大きな変化は借金の金額がいっきょに大きくなることです。  2000年3月までの借金時計は地方の借金をカウントせず、国の借金だけを刻んできました。 ですからその分だけ、小さな数字になっていたわけです。さらにいえば、ひとことで「国の借金」といってもじつはけっこう難しいのです。一般的には国の借金というと、過去に発行した「国債」の残高だと考えられていますが、現実はという、国の借金ツールは国債だけではなく“借入金”もあるし、期間の短い債券(「短期国債」と呼ぶ)など、多岐にわたっています。  つまりどこからどこまでを「国の借金」と考えるかといって、そうカンタンではないのです。 そこで、私たちは絶対に間違いがあってはいけないということで、普通国債の発行残高にのみスポットライトを当てることにしました。 「国の借金」=「普通国債の発行残高」であると定義づけして借金時計を創ったということです。 それは正確さをきすという点では大変すぐれているのですが、その分だけ借金の金額が小さくなってしまうという大きな欠陥がありました。  こうした欠陥を修正し、日本の借金の全体像に限りなく近い借金時計にリニューアルしたい  ―――― そんな想いから新しい借金時計は生まれました。  名実ともに「日本の借金時計」といえるものとなりました。


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「借金時計」の仕組みはどうなっているの?

 ここでは借金時計の仕組をできるだけ単純化してお話しします。
 表1をご覧ください。

表1:国及び地方の長期債務残高 (平成17年3月)

(単位:兆円)
  7年度末
(1995年度末)
<実績>
12年度末
(2000年度末)
<実績>
16年度末
(2004年度末)
<実績>
17年度末
(2005年度末)
<補正後>
18年度末
(2006年度末)
<予算>
297程度 491程度 564程度 600程度
(570程度)
605程度
(580程度)
うち普通国債残高 225程度 368程度 499程度 536程度
(506程度)
542程度
(517程度)
地方 125程度 181程度 201程度 204程度 204程度
国との地方重複分 -12程度 -26程度 -33程度 -34程度 -34程度
国・地方合計 410程度 646程度 733程度 770程度
(740程度)
775程度
(750程度)
対GDP比 82.7% 128.5% 147.6% 152.8%
(146.8%)
150.8%
(145.9%)

(注) 1. GDPは、17年度は実績見込み、18年度は政府見通し。
  2. このほか18年度末の財政融資資金特別会計国債残高は141兆円程度。
  3. 17、18年度の()書きは翌年度借換のための前倒債限度額を除いた計数。

 これは国と地方の長期債務残高をまとめたものです(出所:財務省)。
 表1の数字はすべて兆円を単位とした、とてもおおざっぱなものですが、借金時計の考え方を説明するにはつごうの良い資料です。
 下から二列目(「国と地方合計」)の数字を見てください。
 これが国と地方をあわせた長期債務の合計金額です。
 平成17年度末に770兆円だった長期債務が、平成18年度末には775兆円にまで膨れあがっていくことがわかります。

平成17年3月31日
約770兆円
→ → →
<約5兆円の増加>
平成18年3月31日
約775兆円

 1年間で5兆円、日本の借金が増えるということです。
 つまり平成17年3月31日を借金時計の起点とし、そこに770兆円の数字をインプットします。そして一年後の平成18年3月31日には借金時計のカウンターが775兆円になるように時計のスピードを調整するのです。

1年 あたり   約5,000,000,000,000円
1日 あたり   約13,698,547,200円  
1時間 あたり   約570,772,800円  
1分 あたり   約9,512,880円  
1秒 あたり   約158,548円  

 こうして算出されたスピードにあわせて時計のカウンターが動くようにプログラムすれば借金時計のできあがりというわけです。


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「借金時計」誕生のきっかけは?

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借金時計はひょんなことからはじまりました。
平成9年のことです。
当時、プレジデント誌の編集者だった岡本さんが米国から帰国したということで私の事務所に遊びにこられました。
「財部さん、マンハッタンで面白いものを見つけましたよ」
そう言って、彼が一枚の写真をだしました。
それが“OUR NATIONAL DEBT CLOCK(財政赤字時計)”だったのです。

上の写真がまさに、それです。
まさに天の啓示(「天声」ではない)!

じつはちょうどその時、私は衆議院の予算委員会に公述人として意見を申し述べるための準備に没頭しているところでした。しかも私の主張のひとつはまさに「財政再建」。まさにどんぴしゃりというタイミングだったのです。

そこで上の写真を大きなパネルにして、予算委員会(平成9年2月21日)にもっていきました。その時の様子は官報(「第140回衆議院予算委員会公聴会議録」)に克明に記されています。
わざわざパネルを持ち込んだだけの効果はありました。
国会議員の先生方は眠そうな人もずいぶんもいましたが、予算委員会に取材に来ていたマスコミ各社からは、その後、かなりの問い合わせがありました。国の財政を立て直す第一歩は、やはり意識改革でしょう。

地方にいくと「中央から予算をとってくるのはあたりまえ」という感覚が根強くあります。予算の配分の仕方や地方経済の実態を考えると、こうした反応を一方的に責めたてるだけでは問題が解決しないことは百も承知の上ですが、地域エゴの集積を延々続けていった先には、国の破綻しかないのだという意識転換はどうしても必要です。

また税金の無駄づかいに対してもっともっと厳しい監視の目を国民ひとりひとりがもつこと、言い換えれば日本人一人一人が「タックスペイヤー」としての意識をもっと強くもたなければいけない。そのきっかけとして、ニューヨークの六番街に設置されているような「借金時計」を日本にも作ってくれませんか、というまさに陳情を行ったわけです。

たまさかその公聴会では、経団連の今井敬会長(当時、新日本製鉄社長)も公述人として出席されており、「なかなか面白いアイデアですね」という感想も聞かせてもらい、私としてはまさに「我が意を得たり」という気分で帰路についたことをいまでも鮮明に覚えています。
反応は上々だったのです。

ところが、借金時計を造ろうという気運はどこからも生まれてこない。機運どころか、しょせん公聴会などというものは「予算成立前の単なる儀礼にすぎない」という一般論のとおり、具体的な話はどこからもやってきませんでした。それもやむをえません。やはり言いだしっぺの自分たちが動かない限り、世の中が動いてくれるわけがないとうことで、知合いの国会議員から経団連などなど、さまざな機関にアプローチをしてみましたが、国の財政再建のために身銭を切ろうとか、汗をかこうという人は思いのほか少なく、借金時計設立計画は頓挫してしまいました。

どうせ作るなら、銀座のソニービルか新宿のアルタあたりで大々的にお披露目をしたいなどという夢物語を私たちは考えていましたが、そこそこの規模の電光掲示板を用意すると千万円単位の資金が必要であることがわかり、私自身も借金時計設立計画は不本意ながら断念せざるを得ませんでした。

そこに救世主が現われました。
インターネットです。
インターネットならただ借金時計が創れるし、多くの人にそれを見てもらうことも出来るじゃないか! こんな経緯で「日本の借金時計」は誕生したのです。

もちろん、だからといってリアルな借金時計の設立をあきらめたわけではありません。パネルを持ち込んだ予算委員会から八ヶ月後の平成九年十月三十日に、今度は衆議院の「財政構造改革の推進等に関する特別委員会」に参考人として意見を述べる機会がまわってきました。

前回は米国の借金時計のパネルでしたが、今回の財政構造改革特別委員会にはもっとっ説得力のあるものを提示しよう。そう考えて、日本国会史上初めてラップトップのパソコンを持ち込んでプレゼンテーションを行ったのです。

つまりホームページの借金時計を、財政構造改革特別委員会に出席している議員たちに直接、見てもらうのが一番です。百聞は一見にしかず、ですから。
前例踏襲主義の国会では、どんな些細なことであっても、前例のないことをやるには大変な時間と労力が伴うわけですが、この時は、衆議院のスタッフが本当に頑張ってくれて委員会の場にラップトップのパソコンを持ち込むことが実現でき、スタッフの皆さんには大変感謝をしています。

しかし予想通り、国会の中からは借金時計を造ろうというエネルギーはいっさいわいてきませんでした。

だがインターネットという情報発信手段を得たことにより、「日本の借金時計」は厳然たる存在として、日本の借金を刻み続けることが可能になりました。


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